久し振りのサイクリング
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6月2日、梅雨の合間を狙って西丹沢の大室山(1587米)にでかけた。西丹沢は山懐が深いので山の全容は見ることができず、登山口からそのまま林間を登ってゆく。しかも樹の背丈が高く眺望がよくないため人気は今ひとつである。その代わり静かな山歩きが楽しめる。一週間振りの好天、途中の樹木の切れ目から眺めた富士山はやはり日本一。この山は遠くから眺めるものといまだ登ったこともなければ登る気もない。丁度トウゴクミツバツツジが満開で、新緑の中にピンクの花が太陽に照らされ鮮やかに輝いていた。大室山の山頂は2組の先客がいたが、私がつく
とそれを機会にとすぐに下山してしまったので一人きり。約1時間、鳥の声を聞きながらの昼食を楽しんだ後、隣の加入道山(1418米)に向かった。やはり眺望のない山頂だったが、肩に避難小屋があり小休止。小屋は古いが寝具も備わっており、緊急避難にはうってつけである。白石峠経由下山の途についた。大室山からの道筋で行き交った登山客は僅か2組、本当に静かな山歩きであった。
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今年、妹の愛狗太太(あいくたいたい―犬好きの奥さんの意)が蓼科の家の近くに200坪の畑を借りた。手伝って欲しいとのこと。さあ大変、日ごろ農業に親しんでいるといっても猫額庭を世話している程度、この面積はとてつもない広さだ。ネコの額が象の額になった(面積が増大したので象額(増額)亭とでも改名しようかしら)。しかも畑に通うのが月1ペースでは世話がとても困難だ。畑のオーナーは後期高齢者、畑作りができないから借りてほしいとのこと。借り手は前期高齢者,耕作放棄地を出させないためにという意気込みで農業に励むことにした。介護で老老介護という厳しい現実があるが、農業もついに老老農業になったとは深刻な問題である。畑はトラクターで耕してくれているので畝作りは楽だが、それでも独りで3日間延べ14時間かかった。好天下、遠く蓼科山を眺め、カッコーや鶯の鳴き声を聞きながらの作業は楽しかったが、顔は日に焼けて真っ黒け。
植え付けについては地元の兼業農家の仲良しSさんのアドバイスで、手間が比較的かからない葱と豆を中心に南瓜、ジャガイモ、ルバーヴを加えた。豆は大豆・トウロク豆・小豆・黒豆・トウモロコシ等まるで百貨店のようだ。これが全部実ったら食べるのも大変だろうな~と今から狸の胸算用をしている極楽トンボの猫額亭主人である。鹿やカラスの被害も心配だが、その時はその時、彼らにも少し分け前をあげよう、ナンチャッテ全部いかれたらどうしよう。一方で、収穫もしないうちから早くも来年は何を作ろうかと心をときめかせている。(象額亭農場 上:蓼科山を望む 下:三井の森を望む)
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5月3日、早いもので前回の発表会から6ケ月たち、ピアノの発表会が茅ヶ崎市の勤労福祉会館で開かれました。メンバーはいつもと同じ、ただし順番が変わり、小生がトップ、前回トップのあさひちゃんがトリとなりました。発表曲は埴生の宿(Hビショップ)、メヌエット2番(バッハ)、ムーンリバー(マンチーニ)の3曲、相変わらず間違いはつき物、メヌエットは知らん顔(これも技術のうち)もできず、引きなおしがでてしまいました。アップライトで普段練習しているとグランドピアノで弾くとき譜面台の高さの違い、音が引き手にうまく伝わってこないことで当惑してしまいます。鍵盤の大きさが違うのではなどと思ってしまうこともあります(実際は国際規格で全て同じ)。一つ指の位置がずれるとずっとそれを引きずってしまうという欠点も判明しました。先生より鍵盤把握が課題として指摘されました。あさひちゃんは蛍の光を弾きトリにふさわしく会を締めくくりました。悩みは一曲仕上げるのに3ケ月以上かかることです。次回11月に向け新曲にトライ、頑張るゾ・・・
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本が氾濫していて何を読んでいいか迷ってしまうことが多いと思います。猫額亭主人の選択法をご案内します。ポイントは、①新聞の書評、②NHK放映中の「私の一冊」、③家族法の学習に関連するもの、④地元の著者、を中心にします。ここ3年の間、①に関連して、高野聖(泉鏡花)、婦系図(同)、虹の彼方(小池真理子)、少年曲馬団(花村萬月)(主人公と世代が合い、子供時代を彷彿とさせたから)、百万遍・古都旅情(同)(前著続編)、四天王寺の鷹、青銅の神の足跡、鍛冶屋の母(谷川健一)(同氏の私の履歴書を読んで民俗学に関心を覚えて)、京まんだら(瀬戸内寂聴)(様々な作家との交流が面白くて)、美は乱調にあり、諧謔は偽りなり(同)(平塚らいてう、大杉栄、伊藤野枝、神近市子の交流に興味をもち)、ママの神様(室井佑月)、中年シングル生活(関川夏央)、②に関連して、人間の条件(五味川純平)(青柳正規氏推薦)、戦艦武蔵(吉村昭)(最相葉月氏推薦)、蘆刈(谷崎潤一郎)(辻井喬氏推薦)、春琴抄、鍵(谷崎の文章にほだされて)、③に関連して、王妃の離婚(佐藤賢一)(中世の離婚についての関心)、裁判官の書斎(倉田卓次)、人麻呂伝説(大和岩雄)、本当は恐ろしい万葉集(小林恵子)、④については茅ヶ崎住んだ城山三郎(落日燃ゆ、官僚たちの夏、打出小槌町1番地)、開高健(裸の王様、日本三文オペラ、夏の闇)といった具合です。そしてなんといってもハリーポッター(JKローリング)の最後の大団円を知ったのも痛快でした。つい最近送られてきた双日の株主通信で、前身の鈴木商店の創立者鈴木よねについての本お家さん(玉岡かおる)が推薦されており、興味を持って読みました。現在そこで活躍した大番頭金子直吉についての鼠(城山三郎)を読書中で、戦前三井・三菱を凌ぐ新興財閥が如何にして歴史から消え去ったかに関心を持って読んでいるところです。基本は一つのベースから同一著者のものを読むようにしていますが、ざっと挙げただけで脈絡のない雑読といえます。問題は次から次へと読み漁るので内容を忘れてしまうことです。字を忘れないように、感動を忘れないようにで善しとしましょう。
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明治維新後、わが国は先進西欧文化に追いつこうと、多くの留学生を欧米に派遣し知識の吸収に努めた。はるか飛鳥時代にも、聖徳太子を中心として中国や朝鮮半島から積極的に知識人を受け入れ、また多くの留学生を彼の地に派遣して政治制度や技術・文化の移入をし、国家体制の確立を計った。そのピークが天武朝で、隋・唐に倣った法整備や都市づくりが行われ、併せて文学面でも漢詩の影響を強く受けた詩歌作りがなされた(懐風藻、万葉集等)。とりわけ柿本人麻呂は漢詩の研究に熱心に取り組んだと思われ(西郷信綱は「人麻呂の歌は漢詩の香りがする」と見抜いた)、作風は詩経の影響を強く受けているといってよい。彼の和歌は漢字の意味を強く意識して詠まれ、後に万葉仮名といわれる漢字音読みで書かれた和歌とは一線を画している。「漢字を通して歌づくりに励み、言葉が潤沢でなかった時代には中国文学から多くを引用したと考えられる」と稲岡耕二先生は述べ、一例として、人麻呂が弓削皇子に贈った歌1701番は、中国の詩集文選に採取されている魏の文帝の燕歌行を参考にしたと推定している。
燕歌行(えんかこう 北征している夫を思う妻に代わってその情を叙べた歌)(漢詩体系古詩源上 集英社 P244~245)
秋風粛瑟天気涼(秋風しょうしつとして天気涼しく)
草木揺落露為霜(草木ようらくして霜となり)
群燕辞帰雁南翔(ぐんえん辞し帰り雁南にかける)
念君客遊思断腸(君が客遊をおもうて思い断腸)
賎妾煢煢守空房(せんしょうけいけいとして空房を守り)
憂來思君不敢忘(憂来たりて君を思いて敢えて忘れず)
不覚涙下霑衣裳(覚えず涙下りて衣装をうるおすを)
援琴鳴絃発清商(琴をひき絃を鳴らせば清商を発し)
短歌微吟不能長(短歌微吟長うするをあたわず)
名月皎皎照我牀(名月こうこうとして我がしょうを照らし)
星漢西流夜未央(星漢西に流れていまだつきず)
牽牛織女遥相望(牽牛織女はるかに相望む)
爾独何辜限河梁(なんじ独り何のつみありてか河梁にかぎらる)
(秋風が物寂しく吹いて空気も冷ややかになり、草木の葉もこぼれて落ちて露も霜となり、燕の群れは飛び去り雁も南へと飛び去った。それなのに貴方は旅立ったままお帰りにならず、腸も千切れるほど悲しい。 貴方も定めし故郷を恋して思い悩んでおられるでしょうが、なぜ他国に身を寄せて何時までも滞在されているのか、私は一人寂しく空閨にいると悲しくなってきて、貴方のことがどうにも忘れられず、思わず涙がこぼれて衣装を濡らしてしまいます。琴を引き寄せ絃をかき鳴らせば、その悲しい澄んだ音色は聞くに堪えず、かすかに口ずさむ歌声も切れ切れに途絶えて、長く続けることができません。折から名月の光がきらきらと我が床を照らし、天の川は西に傾きましたが、まだ夜明けには間があります。牽牛織女は天の川を隔てて遥かに相対しているが、この二星は何の罪があって川に隔てられる身となったのでしょうか。わが身の境遇と全く変わりません。)
さ夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空を月渡る見ゆ(1701)(燕歌行のゴシック部分の印象を歌い込んでいる)
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2月21日、円覚寺管長足立大進老師の「生命(いのち)の重さ」という講話を聴く機会を得ました。80歳を迎えようとする老師の澱みの無い静かな話し振りは心の奥に語りかけるものでした。話の要旨は次の通りで、生きることの本質を易しく説いてくださいました。
行路は険しく、巫(ふ)峡(中国三峡の一つで急流をなす)も困難であるが、人生はさらに厳しい。加えて人生は設計図通りには行かないので、たとえそうならなくとも夢と希望を持ち続け、生命は有難いものであるという気持ちを持って進まなければならない。釈尊は己事究明(己とは何か)を求めた。自分はどうして今ここに生きているのかを考え、今いることへの感謝をしよう。おかげさまでいただいた生命という感謝の気持ちが大切である。何故なら、全てこの世は縁によって結ばれているいので、阿弥陀や大日如来といった神仏の存在を求めるのでなく、宇宙一杯のご縁をいただいた生命に自分の命があるということに気付くことが大切だからである。現行教育の根幹は知育・徳育・体育に置かれているが、徳育達成には宗教が必要で、宗教教育は感謝の気持ちを教える家庭教育から始めねばならない。
長寿時代を迎え、後期高齢者に対する政策が邪魔者扱いをするかのごとくであるが、後期でなく、高貴、光輝と考え、自らしゃべらず受ける立場、聞いてやる立場をとれば、高齢者はいぶし銀の人生を保てる。この方向に向かおう。「この世の最大の不幸は貧しさや病でなく、誰からも自分は必要とされていないと感ずること」(マザー・テレサ)である。
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明けましておめでとうございます。茅ヶ崎住まいとなって箱根駅伝の応援が正月の恒例となりました。わが家から徒歩10分足らずの所を通過するので、テレビで頃合いを見計らいながら出かけます。箱根駅伝は選手の配置と走行中の駆け引きが面白く、毎年選手が入れ替わるため連勝が難しく(4年連続優勝の駒沢大はなんと15位に終わった)、また襷が渡さ れない限り競技が成立しない(襷がなければその後の選手は個人の区間記録のみが
計測されるにすぎない)という選手にとって責任の重い競技です。過去何回も襷が渡されないため選手はひたすら走るだけというケースを見ました。ところで選手の速さといえば時速20kmにもおよび、ママチャリでは追いつけません。まさに韋駄天です。今回の見所は、茅ヶ崎を9位で通過した東洋大が箱根山で牛蒡抜きをして往路優勝、復路は早稲田がトップだったのが最後のデッドヒートで東洋が1位で総合優勝、シード争いは混沌としてわが中央はかろうじて10位でシード権を獲得しました。やれやれという気持ちとおめでとうという気持ちが入り交じった箱根駅伝でした。不況の真っ直中での新年ですが、せめて”中ぐらいなりおらが春”となって欲しいものです。風邪にも負けずでがんばりましょう。写真下中央の選手は小柳君。
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